思う

photo: Akallisti
得てして思い出は美化されがちなのはどうしてだろう。人の脳みそってよく出来ているもんだと感心してしまいます。でもどの人もみんな、それぞれの立ち位置で悲しみや葛藤、よろこびや幸福を抱えて生きている。心はお天気のようで、行ったり来たり、よくうつりかわります。でもきっと、魂はちがう。その人の心ではなくて、魂が、何を望んで、どう生きてゆきたいのか。誰にだって忘れたいことの一つや二つはあるもんです。でもたぶん忘れる必要なんてなくて。忘れられないくらいの出来事や想いは、おばあちゃんやおじいちゃんになっても覚えていて、ときどき思い出すんだとおもいます。悲しいことも、嬉しいことも。きっとあなたが想った誰かも一緒で、同じようにおばあちゃんやおじいちゃんになっても覚えていて、ときどき思い出して懐かしんだりするのです。だからきっと大丈夫。
おとといの晩、4月9日は満月の夜でした。その夜にふとそんなことをおもったのでした。 続きを読む

Kanazawa 2002
お花見行けそうもないので、写真で花見。
それにしても桜ってほんとすごいですね。
少し前のブログ(散りゆく様まで)にも書きましたが、
散り様よし、葉桜よし、
そして咲き始めもまたよろし。

Paris 2005
富山県のどこだったか、
生まれたら自分の名前の桜の木を植えるそうです。
自分と同じ名前の桜を持つ。素敵な風習です。
★
↑この記事を読んで教えてくれました。
富山県の 城端(じょうはな)町、 だそうです。
そういわれればそうだった、そうだった、というかんじです◎
黄砂の濃かった中桜を拝見 続きを読む
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